ランダムウォーカー
守備範囲はコンピュータ、英語、Windows など。 あと株も。
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■ 決意 (日記)
2008/08/30(Sat) 20:00:39
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決意や目標、夢、確かなものが無いから流される。
明確な敵がいない現在、それらを持ち続けることは難しい。
意思が弱い。それは個人の問題ではなく環境の問題。
取り巻く環境が厳しいものであれば人はそれに対応し、意思を持てる。
取り巻く環境がぬるいものであれば人はただもともと持ち合わせている欲求に従って動物のように生きていくのみ。つまりそういうこと。
意思を貫こうとしても逃げ道があるから脇に逸れてしまう。
まっすぐに進むことが正しいと人間の自分は理解してはいるが、意思が確かでないから動物の自分に負け続けることになる。動物の自分に負け続けると人は次第に動物のまま元に戻らなくなる。
だが人間のままでいることは現実問題として不可能だ。動物の自分をうまくコントロールし、人間としての意思を貫ける者こそが立派な人間と呼ぶに相応しい人間だろう。いくつかの欲求を犠牲にし、残りの欲求で動物の自分を飼いならしているのだ。ごちそうをおあずけにされた猛獣は時に主人に襲い掛かることもあるだろう。だけどその人が人間である以上、それをある程度いなす手段は持ち合わせているはずだ。
人は弱いが強くないわけではないはずだ。問題は全てその人個人の意思の力に掛かっている。
起きて働いて食って眠るだけの生活を変えたいと思うのは人間として自然なこと。だがそこから抜け出すまでの意思を持つのはとても難しいこと。何かきっかけが必要だがそれを待っている人間にチャンスは訪れない。環境を変え、人間としての自分を絞り出さざるを得ない事態に自分を持っていく程度の意思があってこそ、明確な意思を持ちうるチャンスがやってくるというもの。
# 追記 #
あるがままを受け入れ動物になれば楽になれる、人によっては楽しいことばかりの奴もいるし、苦しいことばかりな奴もいるだろう。どちらに転ぶかは現在の環境と自分自身の個性に関連して決まる。いずれにしても、欲望を押さえ込まない人間の楽しみや苦しみなどタカが知れているだろうし、その事に疑問を持たないことだ。動物のまま生きていけるのならばね。
経済や科学の発展と共に都市は発達し、人は社会的な生き物の人間として生きていくことを要求される機会が増えたが、その実人間の数はむしろ減っているように思われる。だから中途半端な意思で動物に主導権を握られている者が人間であろうと足掻き、そのうちわけがわからないままに殺されてしまう。根っからの動物が外では人間であることを要求されるので、無理が生じるためだ。この理屈で言えば昼間も動物でいれればずっと動物のままでいられるが、昼間に動物でいていい仕事は都会では限られている。
それが嫌ならまずは垂れ流しの欲求を押さえ込み、張りぼての意思をもって機会を待つしかない。だけどそんなことでも簡単ではないよ。それは生きていく以上、一生続けなければならないから。不治の病と一緒でうまくやっていくほかに手段は無い。少なくとも動物でいられる奴をうらやましいとか思っているうちはまだまだ。蔑すむようになっても半人前。それ以上に達してようやく一人前の人間と言える。
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■ 蟹工船 (日記)
2008/08/24(Sun) 05:51:56
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蟹工船という物語が流行っているという。
読んでいないのでわからないが、簡単なあらすじとしては、一般的な人間が持つ「マグロ漁船」のステレオタイプの酷いバージョンだと理解した。なぜ流行るのかというと、現代の広がりつつある格差社会にマッチする為で、格差に憤りを感じている人たちに人気なのだという。
その格差社会の原因としては、企業の人材リソースの確保のしかたが静的なものから動的なものにシフトしていっていることが原因だろう。つまり正社員雇用、終身雇用、年功序列といった考え方が廃れ、派遣社員、キャリア、実力主義という、西洋的?な考え方に変化してきているということだ。
また企業の利益を最優先に考えるならば、後者の考え方は社会的に非常に合理的な考え方だろう。優秀な一握りの人間が必要に応じてそれ以外の人間を買い、いらなくなれば捨てる。いらなくなった人間はまた他の企業に買われ、捨てられ、買われ。これの繰り返し。こんなの当然だろう。優秀な人間とそうでない人間を一緒くたにして、年功序列、終身雇用という枠に入れてしまえば需要の変化に対応できず、非常に効率が悪い。おまけにすごく不公平。
800円の買い物は500円と100円3枚でするもので、500円と100円5枚でするバカはいない。
また、1200円の買い物は500円と100円7枚でするもので、500円と100円5枚では買い物にすらならない。500円は500円なりの報酬をもらえばいいし、100円は100円なのだから100円なりの報酬しか受け取れないのは実に公平だ。だが公平にはまだ足りてない。今は100円が200円の報酬をもらっていた古きよき時代からようやく100円の報酬が180円くらいになったくらいだろう。公平さへの流れへの抵抗があるため、なかなか100円の報酬が100円にならない。磁場中にある導体はいかように動かすに際しても抵抗を生ずるように、社会にもそのような性質がある為だろう。
社会全体では500円の給料が500円に近づいただけなのだが、極端な例はどこにもかしこにもあふれているようで、500円の給料が既に500円を超えたばかりか、1000円にまで達している例もある。なので必然的に500円のプラス500円分の報酬を埋めるために、100円10枚の報酬が50円になってしまっている。この100円達が蟹工船に共感し、求めるのだろう。昔からこんな例はあっただろうが、数が増えたのは間違いない。派遣や請負という制度がこの数を増やしている気がしてならない。
こんな社会は実は古きよき時代よりタチが悪い。なぜなら50円の報酬しかもらっていない100円が50円自体になってしまう流れが生まれるからで、社会全体の人材の質の低下を引き起こす結果となるからだ。じゃあ昔、200円しかもらっていない500円はどうだったんだ?というと、500円は少数の働きアリなので報酬がいくらになろうと100円自体に低下する流れは起きない(おきにくい)。一応100円連中よりはもらっているのだし優越感やなんやかんやで大丈夫なのだ。
こんなもんで終わり。変な文章とか考えが足りないところもあるけどいいや。
この歪はそのうち最適化されるでしょう。社会は間違いを犯しながら正解へと近づいていくもの。
とりあえず私は分相応の報酬はもらっていないので分相応の報酬をくれるところに行きたいのですが、その前に500円以上になるのが先決。年功序列を考えない場合は、自分の価値が高い人ほど分相応の報酬をもらうことに対して有利に働くだろうしね。
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Author:りん
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